目次
はじめに
第1章 植物病原としての細菌
第2章 植物細菌病研究の歴史
第3章 植物病原細菌の構造と機能
第4章 植物病原細菌のゲノム
第5章 植物病原細菌の分類
第6章 植物病原細菌の感染と病原性発現機構
Ⅰ.植物病原細菌の感染機構
Ⅱ.植物病原細菌の病原性発現機構
第7章 植物の病原細菌に対する抵抗性と防御機構
Ⅰ.植物の病原細菌に対する抵抗性
Ⅱ.植物の病原細菌に対する防御機構
第8章 植物-病原細菌の相互作用の分子生物学
第9章 植物病原細菌の生態
Ⅰ.細菌病発生の世界的動向と細菌性エマージング病の発生
Ⅱ.植物病原細菌の伝染環
Ⅲ.細菌病の伝搬
Ⅳ.発病と環境
第10章 植物細菌病の診断と同定
第11章 植物細菌病の防除
第12章 植物病原細菌の保存と利用
第13章 各論
索 引
付 録
1.主要植物細菌病リスト
2.主要植物病原細菌の学名
著者略歴
説明
植物もヒトや動物と同様に,多様な微生物による感染の脅威にさらされている.細菌も植物の病原微生物として非常に重要な位置を占めている.細菌は糸状菌に比べるとはるかに微小な微生物群であり,湿度や温度など環境条件が揃えば,植物組織内で対数的に急速に増殖して病気を引き起こし,作物生産に甚大な被害をもたらす.また,細菌は診断が難しく卓効を示す薬剤が少ないため,難防除病害が多い.またリンゴ火傷病やスイカ果実汚斑細菌病など,国際的な検疫問題となっている病害も存在する.また,植物病理学の分野でも,細菌は非常に小さく,光学顕微鏡でようやく観察されるほどの大きさであって,形態的に極めて単純なため,同定や分類が難しい微生物群である.さらに,近年他の植物病原微生物と比較して植物病原細菌のゲノム解析が非常な勢いで進んでおり,ゲノム情報を基盤とした植物との相互作用の解析も進んでいる.このように植物病原細菌はいろいろな意味で注目されている植物病原微生物である.
この「植物病原細菌学」は後藤正夫先生の「植物細菌病学概論」に続く,植物細菌病学の教科書として使用されるよう起稿したものである.植物細菌病の分野ではここ20年以上解説書が発刊されていないため,本書ではゲノム解析などこの分野における分子生物学的研究の成果を取り入れることに留意した.さらに,近年,植物医科学の興隆で明らかなように,農業の現場における植物の細菌による病害の診断の重要性を鑑み,主要な植物細菌病を各論として纏め,診断も実用的な解説を加えた.
また,分子生物学的手法の発達に伴い,イネ白葉枯病菌やナス科植物青枯病菌のような代表的な植物病原細菌でさえ,学名はXanthomonas oryzae→Xanthomonas campestris pv. oryzae→Xanthomonas oryzae pv. oryzaeへ,後者はPseudomonas solanacearum→Burkholderia solanacearum→Ralstonia solanacearumへと変遷を見た.とくに16S rRNA遺伝子のシークエンスが主体となっているため,ErwiniaやPseudomonasといった,これまで普通に使われてきた属名も新しい,多様な属へと再編されつつあり,植物病原細菌の研究者でさえ全体の学名の変遷を追うのは難しい時代となっている.最も典型的な例がAgrobacterium属細菌である.植物病原細菌の中でもひときわ有名な属名であるにもかかわらず,16S rRNA遺伝子のシークエンスに基づく分類ではRhizobium属と分けるのは不合理とされ,より古い属名であるRhizobium属が採用されたため,Agrobacterium tumefaciensやA. rhizogenesは植物病原性Rhizobiumと今日では呼ばれている.もちろん実学としての植物病原細菌学ではこのような多岐にわたる属の増設や学名の変更はけっして好ましい動向ではなく,植物病原細学の国際学会などでも批判的な動きも多い.
また,分子生物学的な流れとして,近年,植物病原細菌のゲノム解析は飛躍的なものがある.筆者自身,イネ白葉枯病菌のゲノム解析に関わってきた.まだ細菌のゲノム解析の黎明期であり,ショットガン方式がようやく取り入れられるようになった時期に,小さなチームで試行錯誤で行ったゲノム解析は,苦労の連続であった.しかし,イネ白葉枯病の研究をリードしてきた我が国で,イネ白葉枯病菌のゲノム解析が完了したことは意義深いことであると自負している.現在では解析技術の進歩とヒトやイネといった大型ゲノム・プロジェクトが終了し,解析のコストの低減化もあって夥しい数の微生物のゲノム解析が進んでいる.従って,植物病原細菌も重要な種については複数株の解析が行われているのが現状である.
レビュー
レビューはまだありません。